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【第52回】 《2005年4月号》 平成8年、テレビ東京で『丹波哲郎の不思議世界』が放送されました。 この番組は、ゲストの不思議な体験を聞き、丹波哲郎が解説していく内容でした。 番組の内容を日本文芸社から出版しました。 『本当にあった霊体験・臨死体験17人の証言』というタイトルです。 その17人の体験談を、本書より抜粋し御紹介していきます。 以前も一部御紹介した内容もありますが、再度詳細に掲載していきます。 対談形式ではありませんが、お許し下さい。 西川峰子さん 秋山眞人さん 西崎みどりさんの不思議体験 霊界への逝き方は3通りある 丹波 私たちには必ず死が訪れる。この現象からは何人たりとも逃れることはできない。言葉を換えるなら、死は人間が平等であることの証(あかし)なのである。 霊界への逝き方は一つではない。3通りと思ってもらえばよい。 1つ目は、事故などでいきなり死んでしまった場合。 こうしたとき、意識は失われている。ただし、肉体は危機に瀕しているのだが、まだ完全に死んでいるとは言えないケースもある。このようなケースでは、そのまま死んでしまう場合と、臨死体験を経て息を吹き返す場合とがある。 霊界通信によると、あちらでは、実際に死ぬのも臨死体験も同じことなのだと言う。なぜなら、いきなり逝くので、しばらくの間は眠ったような状態になるからだ。これが10日、1ヶ月はおろか、10年、100年と続きやっと起こされるということがある。「起こされる」のがこの世であれば臨死になり、霊界であれば「逝った」ということになるわけだ。 2つ目は、意識を失うことなく、そのまま出ていく逝き方。 生きながらにしてあの世へ逝く。帰ってくれば臨死体験になる。この帰ってきた人たちの見たもの聞いたものが、霊界の情報として語られるのである。 意識を失うことなくそのまま出ていく場合、まず幽体が足のほうから縮み上がって頭に集まってくる。すると、頭がボーッと明るくなってくる。そして、周りから音が聞こえてくる。 肉体と幽体とは、無数のひもで結ばれている。これがブツブツと切れて肉体は昇って行くのである。最後のひもがブツッと切れたときが完全な死。この逝き方では、意識は失わない。霊界通信を送ってくるのは、こうした意識を失わないままに逝った霊なのだ。私が死ぬ場合100%これ。それははっきりとわかっている。だから、私は死んだのちも霊界から通信を送るつもりだ。 3つ目は、大往生。 トイレにも行けない昏睡に近い状態のままずっと寝ていた。それなのに、フッと気がつくと、スタコラと山道を歩いている。アレッと思うわけだ。自分はこんなところを歩ける体ではないはずなのに……。それはわかっているのだが、鳥の声も聞こえるし、谷川のせせらぎの音もはっきりと聞こえる。おかしいと思いつつ、フッと気が付くとベッドの上なのである。 なんだ、夢だったのかと思う。だが、感じのよい夢だった。気分も悪くない。そのままウトウトすると、さっきの続きが現れる。山道を、さらに上の方へ登っているのである。前よりも景色がだんだん美しくなってくる。そして、また気が付くと、ベッドの上なのだ。これを繰り返すうちに、さらにさらに上に登って行くことになる。登り着いたところは、平原のようになっている。そこには、大きな素晴らしい建物がある。中に入ってみようと思う。入る。もう戻ってこない。 これが大往生なのだ。 殆どの人は、自分がどの逝き方で逝くのかを明確につかむことができない。だが、それについて、深く考える必要などまったくないのだ。 私達は、逝き方はどうであれ、必ず逝くのである。だったら、「その後」が知りたくなるだろう。そう、あの世がどんなところかということである。 壁の中から〃不思議な生き物〃がスーッと現れた 丹波 ゲストの方たちのお話の中に、人間界では目にしたことのないような不思議な生き物を見た、という人がかなりいた。その正体はいったい何だろう。 これについては、まず、事故で瀕死の状態になり、病院のベッドに寝ていた西川峰子さんのお母さんが見たという「不思議な生き物」のケースを紹介してみよう。 西川 「ベッドの足元の壁から、5〜60�僂量咾爐�じゃらな人がスーッと出てきたんですって。そして、母の手を握って『心配するな。30日経てば、おまえは退院できる』と言って、手に2・3回、息を吹きかけてくれたそうです」 丹波 西川さんのお母さんは、その通り、ちょうど30日で退院したのである。これは明らかに妖精だ。西川さんのお母さんについては、また改めて御紹介しよう。 妖精に関しては、高名な超能力者である秋山眞人さんからもこんな話を聞いた。 秋山 「若い頃、僕は山登りが好きで、よく登りました。静岡の山に登ったときのことですが、野生の蘭が咲いていた。これは金蘭という大変珍しい蘭で、きれいだなと見ていたのですが、いきなりその蘭から、30�僂阿蕕い梁腓�さの人間の形をしたものがポンと飛び出してきたんです。妖精ですね。 僕は、伝説の中だけで聞いていた妖精を実際に見たら聞いてみたいことがあったのです。それで『なぜ、人間の形をしているの?』と尋ねたわけです。もちろん、テレパシーで。そうしたら『あなたの形がおもしろそうだったから』という答えでした。 要するに、自由自在に好きなものに変化(へんげ)することができるんですね、妖精は。その時の妖精はとても可愛らしかったな」 あの世には人間と系統の違う住人がいる 丹波 妖精は、秋山眞人さんがいうとおり、さまざまに変化する。だから妖精は決して一様ではない。可愛い妖精もいれば、にくたらしい妖精もいる。 西川峰子さんのお母さんの前に現れたような、毛むくじゃらで恐ろしげな姿をした妖精もいるのである。妖精を女だと思っている人が多いようだが、実際は男でも女でもない。そうであろう、変幻自在に姿を変えられるのだから。 妖精は、霊界の住人ではあるが、人間とは系統の異なる存在である。よく「妖精は森に住む」と言うが、実際に森でよく見られる。森で妖精の写真を撮ろうと思えば撮れる。あちらこちらとシャッターを押せばよい。ファインダー越しには見えないかもしれないが、現像すればちゃんと映っている。 妖精でもっとも有名なのが、鎌倉の八幡さまの大銀杏。その銀杏の妖精は、そうとうに年寄りの姿をしている。大きさは30�僂�らいとわりあい大きく、しかもかなり威厳のある妖精である。 妖精の大きさは、10�僉腺械悪僂�らいのあいだ。トンボ、チョウチョ、ホタルのようなものだと思えばよい。あなたも霊界に行ったら必ず会うだろう。 霊界の住人で、人間界の系列に属さないのは、妖精だけではない。人間界で、天使とか天女とされているものもそうである。そのほかにも、実にいろいろな系統のものが住んでいる。それが霊界なのである。 光が見せてくれた女の子の素晴らしい光景 丹波 女優に歌手に、また舞踊家として活躍している西崎みどりさんも霊的な能力を持っている。西崎さんとは、霊界とはどんなところかという話をかなりした。きっかけは、西崎さんのこんな体験であった。 西崎 「霊界からのお迎えにはいろんな形があると思うのですが、お迎えは本当に素晴らしいことだということで、お話をしたいことがあります。 私、あるときから光を見るようになったのです。ある小さな女の子が迎えられたとき、光のトンネルが降りてきました。女の子は、あの中に入ってもいいのかな、どういうふうに入るのかな、怖いなって。 で、その中に入ったら、体が回転して上に昇って行ったのです。そうしたら、白い着物を着た女の人が降りてきて、手を引いてくれた。それは素晴らしい、甘美に満ちた温かい愛に満ちあふれた感じなのです。 その女の子は、赤ちゃんの時に亡くなったんです。実は体にハンディーキャップがありました。その女の子は体が大きくなったときに、半身が麻痺して車椅子で生活をする自分のことを知っていた。ところが、霊界に着いたら、健康な体ですごくきれいで、可愛い女の子になっていたんです」 丹波 たとえ人間界では肉体にハンディを負っていたとしても、霊界に入ったらそんなものは一切消え去ってしまう。車椅子の生活をしていた人は、自分の足で立って元気に歩くことができるようになる。また、盲目であったという人も、目はパッチリと開くのである。 西崎 「女の子を迎えにきたのは天女ではないかと私は思います。服装は、白いジョーゼットというか、フワーっとした飛ぶような着物でしたね」 霊界の生活はきわめて快適 丹波 霊界の服は、原則として一着。なぜなら、汚れることもほころびることもないからである。色は、自分の思うとおりに変えることができる。服を自分で作るということはほとんどいない。霊界にはそのための専門家がいて、作ってくれるのである。 霊界には、あらゆる分野の専門家がいる。たとえば、住む家も専門家が造ってくれる。自分がこんな家に住みたいと思えば、そのとおりの家を建ててくれる。波長がピッタリと合った者同志が集まって住んでいることも珍しくない。この場合は、家に対する好みも同じになるので、形がソックリの家がかたまって建っている。 霊界の家はきわめて頑丈だ。人間界の家の強度を「1」とすると、霊界のそれは「10」である。じつに確固とした建築なのだ。もちろん増築も改築もできる。 ここまで詳細に霊界の事情について話をすると、必ず疑う人が出てくる。私は霊界通信などでちゃんと知っているのだが、よほどあの世の研究をした人でもなければとても話せるものではない。 西崎 「私はわかります。歌ったり踊ったりもしますね。鳴り物もちゃんとあるし」 丹波 霊界の様子を、こんなふうに具体的に知っている西崎みどりさんには、だから、何でも話ができるのである。 霊界は、人間界とソックリそのまま、谷も森も川もある。ただ、人間界と美しさが何100倍も違うのである。私が「死を恐れるのは時代遅れ」というのは、それを知っているからなのである。 霊界には夜はない。だから寝る必要がない。また、食べるとか飲むという必要もない。炊事や洗濯などの家事に振り回されることもない。着るものも住居もちゃんと用意されている。だから霊界には、生活苦など皆無なのだ。 霊界通信によって、乗り物のこともわかっている。 乗り物はいくらでもある。たとえば、馬車。人間界の馬車は、御者が手綱を操作して馬車を走らせる。霊界ではこの手綱がいらない。乗っている者が右に曲がりたいと思っただけで、馬車は右に曲がるのである。車も全く同じだ。乗っている者の意思でハンドルが勝手に動いてくれる。 このように霊界には、人間界にあるものはすべてあるのだが、手綱の必要ない馬車やハンドルが勝手に動いてくれる車のように、人間界にはないものまである。 (つづく) | |
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