丹波哲郎が語る「死後の世界の実相」

            〜第8回〜 死後の世界の様子 車と運転手
                   《2001年4月掲載》


 ●人生街道の課題により肉体(車)は選ばれる


 さて、魂(運転手)が、新しい肉体(車)に乗って人生街道に現れる時、前の乗り物がどんなものだったかは良く覚えています。
 彼の場合は『ベンツ』でした。ところが、今は『トラック』です。そして、ベンツに乗っていた時に出会った人々のことも、こと細かく心に焼き付いています。これが『前世を覚えている子供達』として全世界で昨今話題になっている異常事態です。
 ここで問題なのは、魂(運転手)が、前の肉体(車)を忘れている方が、現在の自分にとっては良い場合の方が多いと思います。
 なんとなれば、前が『ベンツ』で、今が『トラック』では、何かと不平不満が出てしまいます。今、『トラック』に乗り込んでいるのは、『ベンツ』に乗っていた時の自慢・周囲への軽蔑・傲慢な態度が原因なんです。ですから、魂(運転手)は前世の記憶が無い方が、『トラック』の魂(運転手)として人生街道を走り易いんです。社長だった人が破産して、外の会社の平社員に成り難い。やむを得ず平社員になったとしても、社長時代のことに思いを馳せれば、真面目に仕事が出来ないでしょう。 『ベンツ』と『トラック』とでは運転技術は大変な違いです。しかし、今はなんといっても『トラック』なんですから、『トラック』に関しては、ベテランになる事が必要かつ急務なんです。彼の運転技術が向上すれば、『ベンツ』の運転技術を潜在意識の中に持ったまま積み重ねて行くわけですから、魂(運転手)にとっては、良い経験が一つ増えた事になります。又ベンツの時と違って『トラック』の場合は、人情も出会う縁も異なります。即ち『トラック』で人生街道を走った愛も憎しみも、彼の魂には大変な修業になって行きます。


 ●ハンドルに手を出す厄介者 (憑依現象)

 魂(運転手)は、どんな車でも運転出来る技術を身に付けました。即ち、魂は向上したんです。そして、彼が『トラック』から降りた時、人生街道と霊界街道の検問所で出迎えてくれる縁ある大群衆の歓呼の声は、魂(運転手)に大安堵感を与えることでしょう。世にいう転生は成功したんです。魂(運転手)は車をかえて良かったんです。
 しかし、時には、前世で『ベンツ』、今生では『トラック』だと何かの折に感じた場合、魂(運転手)は『トラック』の運転に真面目さを欠いてしまいます。その様な時に、得てして酒を飲んだり、居眠りをしたり、サボり仲間に加わってしまいます。そして、気の合った様に見える一人二人の者がいつの間にやら『トラック』に乗り込んで来ます。乗っているだけならいいんですが、「あっちへ行け、こっちへ引き返せ」と指図するようになります。 『トラック』の魂(運転手)がそれを断ると、乗り込んできた仲間じみた者達が、横から後ろからハンドルに手を出してきます。 『トラック』は、魂(運転手)の意に反して、右へ行ったり左へ行ったり大変な騒ぎになります。これが「憑依現象」なんです。憑依とは、霊界街道の者が、人生街道に出てきて、車に乗り込むことをいいます。
 霊界街道には車は走っていません。彼らは霊界に来ていてそれが判らないんです。即ち、死んでも死んでいる事実に気が付かないんです。そして、もといた人生街道に出てくるだけならまだいいんですが、気の合いそうな魂(運転手)を見つけると、上手に魂(運転手)にゴマすりして、乗り込んできます。即ち車に二人以上の運転手がいることになります。これが「精神異常者」、即ち発狂状態です。


 ●魂と肉体の関係はヤドカリと貝殻に似ている

 魂(運転手)と肉体(車)との関係は、丁度『ヤドカリ』と貝殻に似ています。一見『ヤドカリ』と貝殻は、一体化して見えますが、全然別なんです。『ヤドカリ』はいつでも貝殻を捨てて、他の貝に入り込むことは自由に出来ます。  魂(運転手)にとって、肉体(車)は、『ヤドカリ』と同じように、全く別々ですが、永年乗り慣れてくると、肉体(車)に不思議な愛着を感じ出してきます。あたかも魂(運転手)と肉体(車)は一体化した如く、或いはまるで自分の一部だと錯覚してしまいます。



 ●健康で若々しくいるには人生街道で霊界街道を知る

 縁があってその肉体(車)に乗り込んだことには間違いありませんが、その縁を乗り越えて、その肉体(車)そのものを自分だと思い込んでしまいます。ですから、肉体(車)が古くなって来るにしたがい、魂(運転手)自身も年を取ったように感じてしまいます。実は魂(運転手)には年はありません。その証拠には、古い車ばかり集まっているところでは、魂(運転手)も何となく年寄りじみてきます。新車ばかりに囲まれていると魂(運転手)も若々しい気分になってしまいます。
 ですから、古い汚い肉体(車)から、降りた当座は、自分もなんとなしに、よたよたしていますが、気が付かなぬ内に魂(運転手)は、若々しくなっています。それを運転手は自分で気が付きません。
 人生街道を走る秘訣は、即ち生きている時の心得は、自分の肉体(車)をいつもピカピカに磨き上げておくことです。言い換えれば、健康です。健康でピカピカした車には、変な奴が近寄れないんです。変な奴とは、肉体(車)を失って、霊界街道でうろついている魂(運転手)たちです。
 自分自身がこの様な運転手にならないようにするためには、人生街道を走っている間に、霊界街道の地図をはじめ、霊界街道の状況を出来るだけ知っておくことが大切です。いわんや人生街道だけで、霊界街道などあるものかと思っている魂(運転手)では、どうにもなりません。
 このような魂(運転手)は、霊界街道にいながら、人生街道に立っていると思い違いしていますから、自分が死んでいる事実に気がつきません。気が付いていることは、肉体(車)が無いことだけです。ですから、自分が前に乗っていた肉体(車)に似た肉体(車)が来ると、乗り込もうとするんです。これが、すべての災いとなります。人生街道を走ってる運転手にとって、これ以上の迷惑はありません。 《つづく》

                                        丹波哲郎

※車と運転手を例にとって、死後の世界を分かりやすく説明しております。来月も続きますよ。