幸せになる7つの法則

特 別 偏

各分野の方々の名言をご紹介していきます。



危険が身に迫った時、逃げ出すようでは駄目だ。
かえって危険が二倍になる。
しかし決然として立ち向かえば、危険が半分に減る。
何事に出会っても決して逃げ出すな。
決して!


ウィンストン・チャーチル

 「自分の価値観に基づき行動する」ことは、主体的(積極性に富、前向き)な人の最も基本的な性質といえる。
 反応的(被害者意識を持ち、感情的)な人は「その時折の感情、状況、条件付け、環境などに左右される」が、主体的な人は「深く考え、選択肢、内面化した価値観に基づいて自らを支配する」のだ。




私は今年で86歳になるが、この年になるまでに、
相当な数の人々が下積みから這い上がって成功するのを見届けてきた。
成功者になるために一番大切なものは、
「自分にも出来る」という信念である。
思い切って事に当たらない限り、決して名声も成功も得られない。


ジェームズ・ギボンズ枢機卿

 教えるべきとそうでないときがある。
 親と子の関係が緊迫し、感情的な雰囲気になっているとき、教えようとする姿勢はかえって、子供には裁きや押し付け、あるいは拒否という形で受取られがちになる。
 双方の気持ちが落ち着いて関係がうまくいっているときに、子供と二人きりになり静かに話し合うほうが、効果ははるかに大きい。




私が知っている成功者は、
すべて自分に与えられた条件のもとで最善を尽くした人々であり、
来年になれば何とかなるだろうなどと、
手をこまねいてはいなかった。

エドワーソ・W・ホー

   自分の夫(妻)と定期的にデートするのも良いだろう。
   食事に行ったり、両方が楽しめる活動を計画したりするのだ。
   お互いの話を聴き、理解しようとする。
   そして、相手の目を通して人生を見つめてみるのだ。





私はあきれかえった楽天家として通っているが、まさにその通りである。
私は成功のことばかり考え、決して失敗のことを考えないからだ。
こうして、知らず知らずのうちに不幸に背を向け、
失敗を恐れる気持ちを消し去る。
私はこうして自分の人生低哲学を実行している。
どんな仕事も必ず十分に検討して、
自分の力でやれるのはどの程度か、
はっきり見極めることだ。
それからこの目標をどうやって遂行するか計画をたてる。
その際、他人の方法をまねてはいけない、
自分独自の方法を考え出して計画することだ。

《フェルディナンド・フォシュ将軍》




できれば、人より賢くなりなさい。しかし、それを、人に知らせてはいけない。

チェスタフィールド

 物や時間に努力を集中させること(すべて能率的にこなしていこうとすること)より、 「大切な人間関係」の強化や「人生における大切な役割」の遂行、あるいは
「大切な目的」の達成―何が自分にとって大切なのか、ということーに焦点を合わせることだ。




年をとれば額にしわが寄るのは仕方がないが、
心にまでしわを作ってはならない。

ジェームズ・ガーフィールド

人は変わることが出来る ------------------------------------------------------------------- 記憶に基づいてではなく、想像力に基づいて生活することが出来る。
 自分自身を制限する過去ではなく、自分自身に無限の可能性を与えてくれる未来に生きることが出来る。
 私たちは、自分で「第一の創造」(知的創造)を行う人になれるのだ。




私は災難の起こるたびに、これをよい機会に変えようと努力しつづけてきた。

ジョン・D・ロックフェラー



戦いは最後の五分間にあり

ナポレオン

  困難から力が生まれる
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 人は、物事をあるがままに、つまり客観的に見ていると思い込んでいるのが常である。
 しかし、私たちは世界をあるがままに見ているのではなく、わたしたちのあるがままに(条件付けされたままに)世界を見ているのだ。




自分のところに人がくるのを待っていては、小さな問題しか目に入らない。
自分が出かけていって、見つけるべきだ。
そもそも大きな問題というのは、
問題を抱えているのを自覚していない人たちのところにあるものだ。

W・エドワーズ・デミング

  困難から力が生まれる
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   人間というものは恵まれた順境が続けば、どうしても知らず識らずのうちにそれに馴れて、安易になりやすい。昔から“治に居て乱を忘れず”ということが言われ、それはきわめて大切な心構えであるけれども、そういうことがほんとうに100%できる人はおそらくいない。やはりどんな立派な人でも無事泰平な状態が続けば、つい安易になる。安心感が生じ、進歩がとまってしまう。
 それが、困難に出会い、逆境に陥ると、そこで目覚める。気持を引き締めて事に当たる。そこから、順調なときに出なかったような知恵が湧き、考えつかなかったことを考えつく。画期的な進歩、革新もはじめて生まれてくる。




自分は有用の材なりとの自信ほど、彼に有益なるものはあるまい。

カーネギー

  迷いと判断
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 私は極小の商売から今日までの間、たとえば“新しい仕事をすべきか否か”を決める場合、全部自分一人で決断してきたかというと、決してそうではありません。自分はやりたいと思うけれども、それだけの力があるかどうか自分で判断がつかないというときも実際ありました。
 そういうときにはどうしたかというと、第三者にすっかり打ち明けて「いまこういうことで迷っているんだ、君ならどう思うか」と尋ねました。「それは松下君、あかんで」「きみの力やったらやれる」といろいろ言ってくれる。迷ったときには、私は得心のいくまで他人の意見を聞いてみるということをやりながらだんだん大きくなってきたのです。




自己の弱点を知るは、損失をつぐなう第一歩。

トマス・ア・ケンピス

  春を楽しむ心
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 草木は芽を出し、蕾はほころびて伸び伸びと成長する春の季節。
 春はまさに万物成長のときと言えるでしょう。
 私たちもこんな春を迎えて、大いにこれを楽しみ、大いに成長していかなければならないと思います。春を楽しむ心は、人生を楽しむ心に通じます。長い人生には、ときには不愉快なこともあり、面白くないときもありますが、春を楽しむように人生を楽しむ心があるならば、やがてまた春のそよ風のように、心もやわらいで、生き甲斐も感じられてきます。そして野山の樹々が一年一年と年輪を加えていく如く、お互いの心も、去年よりも今年、今年よりも来年と一年一年成長していくと思うのです。




わが実力の不十分なることを知るこそ、わが実力の充実なれ。

アウグスチヌス

  修養に場所を選ぶな
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 人は若い間の心がけのいかんにより、後にずいぶん差の生ずるものである。
もし若い時代に自己実力の養成に励まず、修養に努めなかったならば、必ず後年、後悔するときがくると思う。
 しかるに若い人の間で「この仕事は自分の性分に合わない、あの主任の下ではどうも働き甲斐がな
い」と、不足をもらす人がある。これは自己中心の物の考え方の弊害であろう。  真に自己の適所を見出すまでには、いろいろな経験を積まなければならない。また性格、意見の異なった指導者の下で自己を磨くことによってこそ、かえってよりよく修養が得られるものであることを、深く知らなければならないと思う。




天知る 地知る 我知る 汝知る。

楊 震

  塩の辛さはなめてみて……
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 たとえば水泳の先生が、3年間講義をしたとします。それでこの講義を受けた人がすぐ、泳げるかといいますと、必ずしも泳げないと思うのです。
 また、塩の辛さというものでも、塩をなめさせることをしないで、塩は辛いぞ、と言ってもわからないでしょう。塩の辛さはなめてみてはじめて、ああこれが塩の辛さやな、とわかるわけです。
 処世のコツとでも申しますか、お互いの人生において大切な事柄を会得するということも、事を行なって、そのやったことを、仔細に考え検討してゆくところから、はじめて可能になるのではないかと私は思います。



賢い人間は、愚者が賢者から学ぶよりも多くのことを愚者から学びとる。

カトー

  道徳は「水」と同じ
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  戦後のわが国では「道徳教育」というと何か片寄ったふうに思われることが多いが、私は道徳教育は、いわば「水」と同じではないかと思う。人間は生きるためにどうしても「水」が必要である。ところがこの水に何か不純物が混じっていて、それを飲んだ人が病気になった。だからといって水を飲むことを一切拒否してしまったらどうなるか。大切なことは「水」そのものの価値、効用を否定してしまうことではない。水の中の不純物を取り除くことである。
 かつての道徳教育の中に誤ったところがあったからといって、道徳教育そのものを否定してしまうことは、それこそ真実を知らぬことではないか。



理想はわれわれ自身の中にある。
同時に、その達成に対するもろもろの障害もまた、われわれ自身の中にある。

カーライル

  最高責任者の孤独
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 組織の最高責任者の立場に立つと、部下はもちろん、それまで同僚として一緒に働いてきた人びとの自分に対する見方が変わってきます。自分は変わらなくとも、周りでは見方が変わり、ほんとうのことを言ってくれる親友というものは、地位が上になればなるほど少なくなるというのが現実ではないでしょうか。
 そういう意味で、最高責任者は好むと好まざるとにかかわらず、心の上にいろいろなさびしさが出てきて、いわば孤独な立場になるということが言えます。
 だからこそ、いわゆる声なき声というものに耳を傾ける謙虚さというものが、トップに立つ者にとってはきわめて大切だと思うのです。




明日を耐え抜くために必要なものだけ残して、あらゆる過去を締め出せ。

ウィリアム・オスラー

  一歩一歩の尊さ
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 仕事はいくらでもある。あれも作りたい。これもこしらえたい、こんなものがあれば便利だ、あんなものもできるだろう、と次から次へと考える。そのためには人が欲しい、資金が欲しいと願うことには際限がないが、一歩一歩進むよりほかに到達する道があろうか。それは絶対にない。やはり、一歩一歩のつながり以外に道はない。坦々たる大道を一歩一歩歩んでゆけばそれでよい。策略も政略も何もいらない。一を二とし、二を三として一歩一歩進んでゆけばついには彼岸に到達するだろう。欲しいと願う人も一人増え、また一人増えてついには万と数えられよう。一歩一歩の尊さをしみじみ味わわねばならぬ。




苦しみを恐れる者は、その恐怖だけですでに苦しんでいる。

モンテーニュ

  人間道に立つ
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 われわれ人間は、相寄って共同生活を送っています。その共同生活をうまく運ぶには、どうすればよいのか。みんなが生かされる道を探さねばなりません。
 お釈迦さまは「縁なき衆生は度し難し」と言っておられます。しかし、なろうことならそうした諦観を超え、お互いを“有縁”の輪で結びあわせることができないものかと思います。そのためには、お互いのあるがままの姿を認めつつ、全体として調和、共栄していくことを考えていかなければなりません。
 それが人間としての道、すなわち“人間道”というものです。お互いに“人間道”に立った生成発展の大道を、衆知を集めて力強く歩みたいものです。



死にそうな犬を拾って助けてやればその犬が君にかみつくことはない。
そこが犬と人間の大きな違いだ。

マーク・トウェイン アメリカの作家

  衣食足りて礼節を知る
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「衣食足りて礼節を知る」という言葉がある。これは今から二千年以上も昔の中国で言われたものだというが、今日なお広く使われているということは、そこに人間としての一つの真理があるからのように思える。
 ところが、今日のわが国については、「衣食足りて礼節を知る」どころか「衣食足りて礼節ますます乱る」と言わざるをえないことが多い。これはまさに異常な姿である。われわれはいま、この世の中を正常な姿に戻して社会の繁栄、人びとの幸福を生みだしていく必要がある。そのためには、まず自己中心のものの考え方、行動をみずから反省し、戒めあっていくことが肝要だと思う。



人生をあるがままに受け入れない者は、悪魔に魂を売り渡す。

ボードレール

  人情の機微を知る
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  人間の心というものは、なかなか理屈では割り切れない。理論的にはこうしたらいい、と考えられても、人心はむしろその反対に動くということもあろう。一面まことに厄介といえば厄介だが、しかし、やはりある種の方向というか、法則的なものがあるとも考えられる。そうしたものを、ある程度体得できるということが、人情の機微を知るということになるのだと思う。
 では、人情の機微を知るにはどうしたらいいか。それはやはり、いろいろな体験を通じて、多くの人びととふれあうことである。そうした体験に立ちつつ、常に素直な目で人間というものを見、その心の動きを知るということが大切だと思う。



映画「スター・ウォーズ 帝国の逆襲」の中でジェダイの師ヨーダが、
弟子であるルークに言うせりふがある。
ルークが沼に沈みかけた宇宙船をフォースの力で引き上げようとし
(念力で手も触れずに引き上げる感じ)、失敗する。
「できっこない」と彼は吐き捨てる。
それを見てヨーダが自らのフォースの力で、
ルークの目の前で宇宙船を引き上げてみせる。
ルークは目をみはる。
そして思わず口にする。
「信じられません」そこでヨーダが言うのだ。
「だから失敗する。」

ヨーダ  ジェダイの師

  不景気またよし
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  好景気は結構だが、不景気は感心しないという。たしかに、その時点時点で見るとそうであろう。 けれども、そういう一コマ一コマであっても全体について見たら、不景気の過程もまた偉大なる生成発展の一つであるとも考えられる。
 不景気のときには苦しく困難ではあるが、不景気なるがゆえにはじめて得られるものがある。不景気になったために知らなかったことを知った、ある悟りを開いたということがある。それによって次の手が打てる。だから不景気のときには、伸びているところも少なくない。そういう見方をするならば、不景気もまた結構ということになると思うのである。



私達の疲労は仕事によって生じたのではなく、
悩み、挫折、後悔が原因となっていることが多い。

デール・カーネギー

  素直な心とは
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 素直な心とはどういう心であるのかといいますと、それは単に人にさからわず、従順であるというようなことだけではありません。むしろ本当の意味の素直さというものは、力強く、積極的な内容を持つものだと思います。
 つまり、素直な心とは、私心なくくもりのない心というか、一つのことにとらわれずに、物事をあるがままに見ようとする心といえるでしょう。そういう心からは、物事の実相をつかむ力も生まれてくるのではないかと思うのです。
 だから、素直な心というものは、真理をつかむ働きのある心だと思います。物事の真実を見きわめて、それに適応していく心だと思うのです。



やさしい言葉1つで冬中暖かい。

日本の諺

  日に十転す
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 古人は“君子は日に三転す”と言ったという。君子は時勢の進展というものを刻々と見て、それによく処しているから、一日に三回も意見が変わっても不思議ではないというのであろう。
 今日はおそろしくテンポの早い時代である。そうした時代に、十年一日のごとき通念で、ものを見たり考えておれば判断をあやまることも多いだろう。昔ですら君子たるものは一日に三転しなければならなかった。テンポの早い今日では、日に十転も二十転もするほどの識見と判断の素早さを持たねばなるまい。
 人間の本性は変わらぬものだが、その上に立って、変わりゆく時勢の進展に刻々と処していくことが大事だと思う。



現在の姿を見て接すれば、人は現在のままだろう。
人のあるべき姿を見て接すれば、あるべき姿に成長していくだろう。

ゲーテ

  昭和維新の志士として
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 いまから百年ほど前に明治維新というものがあり、そしてその後、日本の姿が世界各国から認識され、評価されるようにまでなりました。しかし今日に至って、日本はまた大きな転換期を迎えていると思います。また日本ばかりでなく、目を転じて世界をみてみると、世界の情勢も必ずしも安定しているとは言えません。
 そういう情勢を考えるとき、私はいまは“昭和維新”のときであると考えねばならないのではないかと思います。明治維新は日本の開化であった、昭和維新は世界の開化に努力する時期であると思うのです。そしてわれわれ日本人が、昭和維新の志士を買ってでなくてはならないのではないかと思うのです。



限りなく心を打ち込んでかかれる事柄であれば、
人間はたいていのものに成功できる。

チャールズ・シュワッブ

  人間としての努め
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命をかける−−それは偉大なことです。命をかける思いがあるならば、ものに取り組む態度というものがおのずと真剣になる。したがって、ものの考え方が一新し、創意工夫ということも、次つぎに生まれてきます。お互いの命が、生きて働くからです。
 そうすると、そこから私たち人間が繁栄していく方法というものが、無限にわき出てくると言えるのではないでしょうか。この無限にひそんでいるものを一つ一つ捜し求めていくのが、人間の姿であり、私たちお互いの、人間としての勤めであると思います。もうこれでいい、けっしてそう考えてはならない。それは人間の勤めを怠る人だと私は思います。

 パラダイム(考え方、見方)は、人格と密接に関連している。
 つまり、「人間的に動であるか=人格」が「状況をどう見るか=パラダイム」に直結しているからである。
 見方(パラダイム)を変えれば、人間としてのあり方も変わる。
 そして、その逆もしかりである。



幸福は香水のごときものである。
人に振りかけると自分にも必ずかかる。

《エマーソン》

 自分をほめる心境
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 私はいま、二十代の夏の日のことをなつかしく思い出します。
日のあるうちいっぱい仕事をし、晩にはタライに湯を入れて行水をするのです。
仕事を終えたあとの行水は非常にさわやかで、“自分ながらきょう一日よく働いたなァ”
という満足感を味わったものです。  
 自分ながらきょうはよくやった、と言って自分をほめる、自分をいたわるという心境、
そういうところに私は何だか生き甲斐というものを感じていたように思うのです。
 お互い毎日の仕事の中で、自分で自分をほめてあげたいという心境になる日を、
一日でも多く持ちたい、そういう日をつみ重ねたいものだと思います。



結局のところ、最悪の不幸は決して起こらない。
たいていの場合、不幸を予期するから悲惨な目にあうのだ。

《バルザック》

欲望は生命力の発現
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 “欲の深い人”というと、ふつうはよくない人の代名詞として使われているようだ。 いわゆる欲に目がくらんで人を殺したり金を盗んだりする事件があまりにも多いためであろう。  しかし、人間の欲望というものは、決して悪の根源ではなく、人間の生命力の現われであると思う。たとえて言えば船を動かす蒸気力のようなものであろう。だからこれを悪としてその絶滅をはかろうとすると、船を止めてしまうのと同じく、人間の生命をも断ってしまわねばならぬことになる。
 つまり欲望それ自体は善でも悪でもなく、生そのものであり、力だといってよい。だからその欲望をいかに善に用いるかということこそ大事だと思う。



最悪の事柄を受け入れてしまえば、もはや失うものはなくなる。
裏を返して言えば、どうころんでも儲けものなのだ。

デール・カーネギー


 矢面に立つ精神
-----------------------------------------------------------------------  人間が大事に際して、その難局の「矢面に立つ」ということは、人生としてはおそろしいことであり、大変に勇気のいることである。スリルがあるとか、あるいはこれはおもしろいな、という人も、今日の青年の中にはいるかもしれないが、ほんとうに腹を割ったところ、あまり愉快ではないと思う。しかし、こういう場合に敢然として、その矢面に立つことも男子の本懐と喜んで事に当たることも大切である。
 そしてそういう人こそ、大事において、うろたえず、ものを決断することのできる人であり、人多くして人なき社会において、ほんとうの人物として立っていくことのできる人であるという思いがする。



奇妙な話しだ。 幸福が過ぎ去るまでは、めったに気づかない。
かと思うと幸福が戸口にいるというのに、めったに気づかない。

デール・カーネギー


 辛抱が感謝になる
----------------------------------------------------------------------- われわれが一生懸命に仕事をしても、世間がそれを認めてくれなかったら、非常に悲しい。そんなとき、その悲しさが不平となり出てくるのも、一面ムリのないことだと思う。
しかし“認めてくれないのは世間の人が悪い”という解釈もできるが、“まあちょっと辛抱しよう。今は認めてくれなくても、いつかは認めてくれるだろう”と、じっと堪え忍び、いい姿を続けていくというのも一つの方法である。
そして認めてもらったら、これは非常に嬉しい。その嬉しさが感謝になる。「より多くわれわれを認めてくれた社会に対して働かなくてはいけない」 という感謝の心になってくる。
そういう心がなければいけないと思う。



勇気とは、恐ろしくて半分死にそうになっている時でさえ、
その場に必要な行動が取れる能力である。

オーマー・ブラッドリー将軍


 不健康また結構
----------------------------------------------------------------------- 私は不健康が、必ずその人を不幸にするとは思いません。
世の中には不健康で幸福になる場合もありますし、また逆に健康なためにかえっていきすぎて、不幸になる場合もあるのです。
肝心なことは「不健康また結構なり」という気分になることです。
不健康は不幸なことだ、悲しいことだと考えて心を乱してはいけないと思うのです。  小さい頃から病弱だった私がそういう心境になれたのは、今日考えると、やはり前途に強い希望を持っていたためだと思います。
不健康のために希望を失うということでは、失敗の上に失敗を重ね、不幸の上にまた不幸を重ねることになってしまうのではないでしょうか。



善悪を作るもの、幸不幸を作るもの、貧富を作るもの、それは人の心である。

エドマンド・スペンサー

 愚痴の言える部下を持つ
-----------------------------------------------------------------------   憤慨したときに憤慨できる相手があったら一番楽ですな。つまり早く言えば最高首脳者として、愚痴を言える部下が必要だということです。それが副社長でも専務でも、あるいは秘書でもいい、そういう人があれば幸せですな。
 どんなにえらい人でも愚痴のはけ場がなかったら鬱積しますわ。そうするとあやまちをします。太閤秀吉でも、石田三成を可愛がったといいますけど、あれはやっぱり愚痴を石田三成にもっていったんだと思います。そうすると三成はそれを適当にうけて、うまい具合に機嫌をとったんですわ。そうすると太閤さんは頭がすっとして、またいい知恵を出したということでしょう。



敗北とは何か。
それは教育にほかならない。
それは一段とすぐれた階段に達するための第一歩なのだ。

《ウェンデル・フィリプス》

 信賞必罰
-----------------------------------------------------------------------  “信賞必罰”すなわち、罰すべき罪過ある者は必ず罰し、賞すべき功ある者は必ず賞せよということ、これは人間が存在するかぎり、程度の差はあっても絶対に必要なことであろう。これが行なわれない国家社会は、次第に人身が倦み、やがては必ず崩壊してしまうだろう。国家だけではない。会社、集団、家庭どこにおいても、これは決してないがしろにされてはいけないことだと思う。 ただ、ここで大事なことは、信賞必罰といっても、常に適時適切でなければならないということである。これは微妙にして非常にむつかしいことで、これが当を得なかったならば、かえって事を誤ってしまうことになる。



自分の心に描く夢の実現に向かって努力する時、
普段なら思いもよらぬ、成功が得られる。
空中に楼閣を建てても無駄骨には終わらない。
楼閣は空中に建てるものだ。
さあその下に土台を建てよう。

《ソロー 》

 組織や地位にとらわれない
-----------------------------------------------------------------------  今日、企業界、各企業の間における競争というものは、非常に激烈なものがある。
この厳しい競争において、瞬間を争う大事な事柄を報告するいわば非常の場合に、
何としてもまず直接の上司に言わねばならないんだとか、やはり組織を通じて処理しなければ叱られるんだとか言っていたのでは、競争に負けてしまうようなこともあろう。
事の順序としては、もちろん直接の上司の人にまず言うべきではあるけれども、どうしても急を要する場合は、組織や地位にとらわれず、即刻処理してゆくことが大切だと思う。
 何か事あるときには、全員が打てば響くような素早さで活動しなければいけない。



ほとんどたいていの物事は、
何の疑いもなく朗らかに受け入れれば、
様相を新にする。

《ヘンリー・S・ハスキンズ》

 心を磨く
----------------------------------------------------------------------- 人間の心というものは、ほんとうに自由自在なものだと思います。何か困難な問題が起こったとしても、心の働きによっていかようにでも考えられると思うのです。
もう辛抱できない、あしたにでも自殺したいという場合でも、考え方を変えるならば、一転して、あたかもひろびろとした大海をゆくがごとき悠々とした心境に転回することさえできるのです。
それが人間の心の働きというものでしょう。
ですからわれわれは、これから仕事をするに当たって、まず心を磨くというか、ものの考え方を成長させる必要があります。
そういう心の働きに、今まで得た知識を加えてやっていけば、必ず大きな成果が生まれると思います。



賢者は自分に与えられるより多くの機会を作る。

《フランシス・ベーコン》

 国土を大切にする
-----------------------------------------------------------------------  日本の国土ほど風光明媚で、気候が温和な国はそうないのではないでしょうか。
しかも長年にわたって、非常にすぐれた日本独自の文化と国民性とを養い育ててきました。今後ともこの国土の存するかぎり、日本のすぐれた文化と国民性は永遠に失せないでしょう。
 とは言え、日本国民全体が、自分たちのこの国土を大切にするという強い意識を持つことがきわめて大事だと思います。そして、この国土によって今までにはぐくまれてきた伝統の精神というものを十分に理解、認識し、そしてさらにすぐれた文化の花を咲かせるよう努めていくことが、今日の日本人の尊い使命だと思います。



もし一日だけ親切にし、
思いやりを示すことが出来れば、
もう一日続けることが出来る。
これには一銭もかからない。
今日から始めよう。

《デール・カーネギー》

  小異を捨て大同につく
-----------------------------------------------------------------------  明治維新の立役者は勝海舟と西郷隆盛である。
 当時官軍にも幕府側にも戦いを主張する人は少なからずあり、複雑な情勢であった。
 しかし、勝海舟も西郷隆盛も戦うことを決して軽視はしなかったけれども、それ以上に、日本の将来ということを深く考えたわけである。そういう両者の一致した思いが、江戸城無血開城を可能にしたのだと思う。
 結局、指導者が目先のこと、枝葉末節にとらわれず、大所高所からものを見、大局的に判断することがいかに大切かということである。何が一番大事であり、何が真に正しいか、たえず小異を捨て大同につく、それが指導者としてきわめて大切な心がまえだと思う。



人生はまさにブーメランだ。人に与えたものは手元に帰ってくる。

《デール・カーネギー》

  インテリの弱さ
-----------------------------------------------------------------------  今日、よく耳にする言葉に“インテリの弱さ”ということがある。これは、インテリには、なまじっかな知識があるために、それにとれわれてしまい、それはできないとか、それはどう考えてもムリだ、と思い込んでしまって、なかなか実行にうつさないという一面を言った言葉だと思う。
 実際、“ああ、それは今まで何度もやってみたんだが、できないんだ”と決め込んでいることが、われわれの身のまわりには意外に多いのではなかろうか。
 ときには、自分の考え、また自分をとらえている常識や既存の知識から解放され、純粋な疑問、純粋な思いつき、というものを大切にしてみてはどうだろうか。



人生は砂時計のようなものだ。
砂時計の二つの瓶はごく細い首でつながっていて、
一度に砂粒1つしか通り抜けられない。
これが人生の真の姿である。
たとえ多忙きわまる日でも、
仕事のいっぱい詰まった時間は、
一度にわずかずつ姿を現す。
人生は全てこの通りである。
たとえ一日中に取組む仕事、問題、心の緊張はおびただしくても、
みんな必ず一度に1つずつやってくる。

《ジェームス・ゴードン・ギルキー》

  日本人としての自覚と誇り
-----------------------------------------------------------------------  国破れて山河あり”という言葉があります。たとえ国が滅んでも自然の山河は変わらないという意味ですが、山河はまた、われわれの心のふるさととも言えましょう。
 歴史に幾変転はあっても、人のふるさとを想う心には変わりはありません。この国に祖先が培ってきた伝統の精神、国民精神もまた変わることなく、お互い人間の基本的な心構えであると思います。
 われわれは日本という尊いふるさとを持っています。これを自覚し誇りとし活動する、そこにはじめて、お互いに納得のいく動きが起こるのではないでしょうか。日本人としての自覚や誇りのないところには、日本の政治も経済もないと思うのです。



どんな馬鹿でも、あら探しをしたり、難癖をつけたり、
苦情を言ったり出来る──そしてたいていの馬鹿がそれをやる。

《ベンジャミン・フランクリン》

  利害損失にとらわれない
-----------------------------------------------------------------------  利害損失を考えることは、ある程度やむを得ないけれども、あまりそれにとらわれすぎると、自分の歩む道を誤ることにもなりかねない。
 学校を選ぶにしても、卒業して仕事を選ぶ場合でも、そうである。誰もが給与とか待遇のことを先に考える傾向があるが、やはり、自分には何が一番適しているだろうかということを、よく考えるべきだと思う。
 必ずしも大会社へ行ったから幸せかというとそうとばかりは言えない。人によっては、中小企業へ勤めてかえって用いられ、人生の味というか、アヤを知る尊い体験ができて、人間としても成長するということが往々にしてあるからである。



やりたい事を見つけなさい。そうすればあなたは明日から働かなくていい。
トーマス・エジソン

  成功するまで続ける
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 何事によらず、志を立てて事を始めたら、少少うまくいかないとか、失敗したというようなことで簡単に諦めてしまってはいけないと思う。一度や二度の失敗でくじけたり諦めるというような心弱いことでは、ほんとうに物事を成し遂げていくことはできない。
 世の中は常に変化し、流動しているものである。一度は失敗し、志を得なくても、それにめげず、辛抱強く地道な努力を重ねていくうちに、周囲の情勢が有利に転換して、新たな道が開けてくるということもあろう。世に言う失敗の多くは、成功するまでに諦めてしまうところに原因があるように思われる。最後の最後まで諦めてはいけないのである。
                                       《情報提供:アップル保険 小林正寿》