カルマについて〈霊界サロン〉

私たちの過去世の体験は、私たちの魂の記憶の中にしっかりと記録されているということをご存じでしょうか。

私たちは今回だけこの世に誕生したのではなく、過去に何度もこの世に生まれ、過ごした体験を持っているという事実を知識として認識することによって、現在自分の身の上に起きている出来事を、理論的に理解し、より高度な知識と納得のいく人生観を持つことができます。

人の感性は、まず認める行為から、作動を始めます。

頑なに否定していることに関しては、考えるという行為そのものを放棄してしまうからです。 興味を持つということから、新しい知識の収集は始まるのです。 人の脳は、そのようなものだということを認めるだけで、意識はその方向へと作動し、新しい知識に対して敏感に反応し始めます。

そのことをまず受け入れてください。

では、過去にこの世での体験があり、新しく生まれ変わった自分が今ここにいる。ということは、果たして自分は何を目的として再びここへ降り立つことを決めたのであろうか、と。 そのように考え始めたとき、既にあなたの魂は、過去世の記憶を呼び覚ます活動を始めているのです。

霊魂の記憶は、際限なくどんどん過去の記憶を遡り始めるのです。

そしてあなたの疑問に対していつ、どのような形であなたに答えを渡すべきか、あなたの現在の生活や考え方や、精神的な環境を瞬時に把握し、あなたが理解し易い形でメッセージをしてきます。 それがいつなのかは、あなたの心が許可した時です。 ですから、あなたが否定しているうちは、メッセージを届けにくい環境ということになります。 本来、人生について、魂はある程度のカリキュラムをもっています。

魂のカリキュラムを自分の肉体次元まで落として取り込む作業をしたなら、この人生で出会ういろいろな難題を貴重な経験として取り入れながら、確実に目的に向かって進んでいくのです。

しかし、残念ながら、私たちは弱い。すぐ迷ってしまったり、自分の人生は間違っているのではないかと疑問を持ったりしてしまいます。 だから、私たちは神様にお願いをしたくなります。 また、誰か先の読める人に聞いてみたくなったりします。 そのような時、あなたが自分の魂の存在を信じるなら、自分の魂に問いかけてみると良いのです。

そしてその瞬間から、あなたは本当のあなたと向き合うのです。

自問自答するということは、決して自分の都合の良いところへ答えを導くのではなく、心の奥深く立ち入り、自分の深層心理の中までも潜り込み答えを探すという行為に他なりません。 そのことを霊魂との対話という形に導いて行けたなら、そしてそこから答えを見つけることができたなら、あなたは、これから先に起きるどのような出来事に対しても、立ち向かう勇気を得ることができるでしょう。

なぜなら、それこそが、あなたの魂そのものからの答えだからです。

あなたが求めてきたことを実践する覚悟がより強くなれば、日々の生活での些細な事に惑わされることが極端に少なくなります。 覚醒した人間は、この世で人を殺めたり、人に悪さを画策したりということは、考えなくなります。 この地上界は、私たちにとっては、教室であり、舞台であり、自分以外の命にどのようにかかわれば良いのかの実践の場です。

人は決して復讐をするために生きてはいけないのです。

が、しかし、残念ながら人の魂は、この世での感情に引きずられ清算されない感情を魂次元で持ち越していることがよくあります。 その憎しみや悔しさを持ち越して生まれ変わってしまうことがカルマなのです。 自分が持ち越してきているカルマは、ほとんどの人が気づかないで過ごしています。 カルマに気が付かない人は、過去世でのカルマによって大変大事な時に間違った判断をしてしまうことがあります。 最も間違ってしまうことは、結婚の時です。 逢った瞬間にビビビッと来たという表現があります。 それは、過去世で何か、特別なご縁があったことに間違いありません。 しかし、必ずしも良いご縁だけとは限らないのです。最も酷い仕打ちをされたという時や、その逆で、ひどい仕打ちをした間柄という時にも

ビビビッと感じてしまうのです。

感覚的に鋭い人は、そのビビビッがどのようなことかを魂に瞬時に確認する作業が始まります。そして過去の記憶が蘇り判断の手助けをするのです。

悲しい出来事だったなら、二度と味わいたくないから回避するとか、それでもその償いのための人生を選ぶのかなど、覚悟を決めることもできるのです。

そのようなことで、過去世の存在を認め理解するということは、永遠の生命を生きるという上で、とてつもなく豊かな知識を身に付けるということに他なりません。

霊界の知識は、永遠の命の尊源を知り、この人生を覚悟をもって人として気高く生きるという意味で、大変貴重なことなのです。

人類は今最も危険で取り返しの付かない過ちを再び繰り返そうとしていますが、個人のカルマと同じように国家としてのカルマも存在するのです。

国家の命運が個人の性癖で決定されるようなことがあってはなりません。

指導者たちが、総合的に冷静な判断のできるブレーンを置いて決して判断を誤らないようにと懇願します。

— posted by holy at 11:51 pm   pingTrackBack [0]

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