丹波哲郎先生10周年忌

丹波哲郎先生が、天界へ還られてから10年が過ぎました。

私の心の中には、常に生き続けていて、相談者のことで私が悩む時や、落ち込む時などには、正しく、時には、厳しい指導

を入れてきます。

スピリットとの対話は、心がどのような状態にあるかで、受け取る側の理解力は、かなり大きく違ってきます。

自分の心が、ひがみっぽかったり、不安だったりすれば、スピリットのメッセージを歪めてしまうおそれもあります。

スピリットからのメッセージを求める時は、常に心をピュアーにして、素直なこころでメッセージを受け取る必要があ

ります。

また、自分自身についての評価も、自分で評価したりせず、真っ白な状態でスピリットからのメッセージを受け取ることが

大事です。

肉体次元の感情を優先させると、普段の自分では考えられないような不愉快な想いを体験したりして、非常につまらないこ

とになったりします。

丹波哲郎先生のメッセージは、やや、イエス・キリストからのメッセージに似てきたように感じます。

例えばつい最近のことですが、いつも、どのような事でも、疑いの心が強く、そのために社会に一歩踏み出せない人、

人が自分の能力を理解せず、会社へ入っても、パワハラに逢うかも知れないという不安に襲われて、面接すら受けに行けな

い人、

そういう人は、目の前でアドバイスを頂いている人の優しささえも、自分を騙すための手法なのだろうと思うようです。

大変がっかりする出来事でしたが、今度は私の方が、このような人は、なにをどう尽くしても、無駄なのではないだろうか

私がモットーとする『愛』を尽くすという点でも、どのように尽くしてもその心が届かない人も存在するのではないだろう

かと思うようになったしまったのです。

そこに丹波先生からメッセージが入りました。

『自分にとってもっとも困難と思う人、信じることが難しい人、そのような人こそ、あなたがしっかりと教えて、導かな

ければならない人でしょう。自分の感情を出してはいけない、見捨ててはいけない、頑張りなさい』と。

ううん、、、。

暫く瞑想をして、丹波先生のメッセージを受け入れることにしました。

丹波先生は、自分の感情にとらわれるのではなく、求めるものがあれば、それも、縁だと。

必要があって縁が結ばれ、必要があって、あなたに関わるのだから、それを無視してはいけない。

この世で起きることは、すべてが、学びなのだと。

真剣に取り組んでこそ、この世での仕事を全うするのだと。

ありがとうございます。

丹波先生、どうぞ、天界でお健やかでありますように、お祈りします。

合掌

— posted by holy at 09:36 pm   pingTrackBack [0]

あの世とこの世の嫁姑バトル

暫くの間、霊界サロンの話題が、時事放談のようになってしまいました。

霊界サロンは、人々の幸せのためにあることを考えたとき、政治はその国民の幸せ度を大きく左右すると考えると、社会の情勢を無視できない自分がいます。 それはさておき、今日はこの世と霊界で展開されている嫁姑バトルのことを書いてみたいと思います。

この話は、実際に起きたことです。

戦争によって父親を失ってしまった息子が、父亡き後、母と二人で助け合いながら人生の後半までも独身で過ごすことになり、母が年老いてからは、結婚することさえも忘れて、母の介護に明け暮れ、母を見送った時には、すでに60歳に手が届こうとしていた。 母と息子は、お互いがこの世で生きることに精一杯で、母は息子の事しかみえなくなっていた。

食事は、いつでも息子の好きなものだけしか興味が無く、自分の大好物も、戦後の貧困な中では、買うこともままならなかったのだ。

好物でも、子供に買ってあげられない高価な果物などは、あれはおいしくないから、大っきらいだからとか嘘を言って買わないようにしていた。

幼い子供は、母は、本当に果物が嫌いなんだと思い込み、自分も果物は、大っきらいになっていた。

しかし、供養する時、その母は、大きな房のブドウを食べたいと意識で伝えてきた。

息子は、母が果物は嫌いだと信じていたので決して果物をお供えすることはしなかった。

お嫁さんも勿論、旦那さんの言葉を信じて果物は、特に、ぶどうは、絶対にお供えしなかった。

あの世へ逝った者の声を聴くことができないこの世の者には、亡くなった人の希望に応えて上げることは並大抵な事ではない。

残された人が勘違いをしていても、あの世で待っている者にとって、自分の大好きなものを決して供えてくれないお嫁さんを好きになれなかった。

あのお嫁さんが来てから、息子は自分のことを大事にしなくなった。

しかも、自分の台所を断りも無く勝手に使ってほんとに許せないと思うようになった。

そして、あの世の姑は、お嫁さんに敵意を持つようになってしまったのだ。

歌を歌ってもうるさいと思い、楽しげに息子と話し、幸せそうにしていることさえも、疎ましくなってしまった。 料理のことにもケチをつけるようになり、味覚についても、そのような味は、息子は食べないよと言い、味覚を変えるようにしむけた。 そうしているうちに、お嫁さんは、味覚が判らない病気になったしまった。

舌が痛くなって、食事もあまりできなくなっていき、体はまるで老衰、まさに骨と皮だけになるまで痩せて、体重は36キロ前後を推移した。

病院に行っても、原因不明、症状はかなり深刻なのに、病名すら付かないので、治療ができなかった。 私は、本人には、内緒で浄霊をしてみた。

1か月間続けてやっと、霊としての自覚ができるようになって、本当の意味で霊界へ逝くことができたのだ。

今、お嫁さんは、食事の量が少しづつ増えて、体も丸みを帯びて、笑顔を取り戻している。

霊障によって、命を失ってしまう寸前まで行ってしまっていたけれども、寸前のところで、霊の声を聴くことができて良かった。

しかし、お嫁さんは決して亡くなったお姑さんを粗末にしたわけではなかった。

お墓参りも行っていたし、日々のお供えもちゃんとしていたはずなのに、歯車はかみ合っていなかった。

好き嫌いの思い込みは、息子の思い込みであって、お嫁さんは何も悪いことはしていないのに、やはり、親子の絆はお嫁さんより強いのでしょうか。

— posted by holy at 04:24 am   pingTrackBack [0]

人類が愛を忘れた時

人類が心を持っているということを忘れて、ただ貪欲に自分だけの貪りを始めたなら、地上界は闇だ。

地球という星が光を失い、人々は、悲しみと闇の中を彷徨い始める。

人類が意識することを忘れたなら、地球と人との引き合う力も失せて、神々さえも地上界に

人類が存在することを忘れるだろう。

地球と人類と神々を繋いでいる力は、愛するという意識、愛しているという想い。

愛することは、人類が人類であり得るための最大の要件であり、愛があるからこそ、光が存在し、

光が存在するから万物が生き、そして死に、再生を繰り返すことができる。

愛は、光。光は命。すべての命を生みだし育てる力。

愛は、意識。意識は、すべてに繋がる力を持っている。

すべてのものは、意識することで現象化する。

意識しなければ、すべてが『無』である。

私という存在が意識しないものは、存在さえしない。

意識しなければ、『私』という存在さえも『無』である。

生きているという確証は、私という存在が、確かに意識し、他の命と繋がっているということを

認識することだ。

繋がっているという確証を得たとき、人はそこに愛を観じるだろう。

そして初めて人は、新しい命を求める。

永遠の命を求める時、永遠の愛を信じようとするのだ。

永遠の愛を信じる時、永遠の命を追い求めるのだ。

そして人類は、無窮の命と宇宙に繋がっていくのだと夢想する。

『色 即 是 空』

『空 即 是 色』

すべての命は、一つの命に帰依し、一つの命は全ての命に拡大する

一つの命、それが 『神』 だ。

— posted by holy at 03:13 am   pingTrackBack [0]

魂と向き合う日々の中で思うこと

日本では、お盆の時期、この世を先に生き、そして他界された命達を迎えてお供えをしたり、お花を活けて上げたり、お墓参りをしたりという習慣があります。

7月、8月の時期になれば、肉眼では見えないが、霊眼に映る町をさまよう霊魂の姿を視ることがあります。 仏教と深いつながりを持って生きてきた日本人にとって、霊界へ還られてからも一年に一度だけは、この世に還って来ても良いということを魂に教え込まれているから、やはり、この世に還って来るのです。 しかし、現代の人の中には、お盆という習慣を全然教えられずに大人になった人たちが、多くなってきています。

そして、先に亡くなられた人たちの霊が帰ってきても、その霊魂を迎えてあげる人がいなく、故に彷徨ってしまうということが起きているのです。

50年くらい前までは、家族も大勢で賑やかでしたが、現代は、家系を繋げていく人がいなくなっているということが多く発生しています。

家族関係が薄らぎ、相続問題が起きたときくらいしか逢う機会がなくなっている人たちにとっては、先祖供養も自分には関係が無い、それは長男がやることでしょう?というような状況です。

本当は、家族が全員で集い、仲良く先祖の事などを話している風景を、ご先祖たちは喜びます。 また亡くなられた人たちは、この世に還って来た時に、色とりどりの花のある風景を見つけるのがとても嬉しいのです。

だから、お盆は、お花や御供物をお供えしてご先祖をお迎えするのです。

都会では、開発のために、都会のど真ん中にあったお寺やお墓を強制的に移転させ、お骨も掘り起こして移転させた後に大きなビルが建ったりして町ができたところが何か所もあったりします。

ところが、人の魂や霊魂ということをあまり深く考えもせずに、行政が形式だけの供養で、お墓やお寺を移転したためにもともと祀られていた場所からうまく立ち退きをできなかった霊魂たちが、その場所から離れられないまま、何百年もの長い間、彷徨い続けているという現象が、起きている地域があります。

古い昔の出来事で、まさか自分たちが家を建てて暮らしている場所にお墓があったとか、お寺があったとか想像もしない人々は、まさか霊魂が彷徨っているなど夢にも思わないことでしょう。 お寺が移転する時は、もちろんお坊さんたちも一緒に移転します。 お坊さんが付いているのだから、しっかり霊さんたちも連れていってくれるものと一般には考えてしまうものです。

本当にそれができていれば、何も問題は発生しないのですが、それが、とても大変な事で、現代を生きている人間と同じように、移転反対とか、私は死んでもこの場所から立ち退くなんてしないというような霊もいるのです。

死んでもなお、この世の出来事が続いていると信じている霊にとっては、まだ本当に死んでいないのです。

いえ、肉体は死んでいるのですが、霊魂は、決して死なないのですから、時代が過ぎ去っていることに気づかないまま、数百年もの長い時間を自分の想いの中で生きているのです。

しかし、時々、自分が住んでいる筈の上に何か得体の知れないばかでかいものが乗っかっているぞ、いや、誰だかわからないが、知らないやつらが、ここに無断で住んでいるぞ、おかしい!ここは俺の家だぞ!と思い始めたときに、霊が、この世のものに関わり始めるのです。 その様な場所が、現実に存在します。 その様な場所だとは知らずに、土地を買い、住んでしまった人々にとっては、日常的に辛いことに巻き込まれたり、人生を翻弄されてしまうようなことに頻繁に遭遇してしまうことになってしまったりします。

人生を棒に振るとは、まさにこのような事でしょう。

とにかく何をしても、思うように進まない、いつもどこか具合が悪いなどということが続いたりします。 時には、霊が、兄弟のだれかに憑依して、片方の兄弟に手をかけたりするようなことが起きたりもします。

最近は、霊的な憑依と思えるような事件が続いています。

自分がその様な霊に憑依されないようにするには、まずは、不満で心を曇らせないことですが、不満はいつでもついて回るものです。

どの様な時でも、日々を過ごせるのは、やはりまず命があるということ、多少病気がちでも呼吸できているということ、食事ができるということ、体を動かせるということ、水が飲めるということ、太陽を浴びることができるということ、その様な日々の生活に感謝する心を持っていることが大事なのです。

感謝することができる人は、たとえ、憑依する霊もその人の生きざまを視て、こころを洗われ、少しづつでも魂を浄化させていくのです。

お盆を単なる習慣としてではなく、感謝、布施の実践の時間として捉えて、自他共に平和に過ごす時間を共有する時と位置付ければ、生きている者も、霊たちも和む空間が生み出されて、彷徨うものたちに光を届けることができるのです。

それは我が家だけの事ではなく、すべてのものと共有する愛の実践の空間であり、その空間に存在する諸仏たちとの繋がりをより深くし、救済する瞬間を造り出していきます。

一年にたった4日間ですが、お盆を、万物に光を注げる魂として、自分を収斂する一歩にできればと願っています。

宇宙の万物の霊長たる人類が、すべてのいのちを育み、仲良く、信頼しあい、互いにこころ豊かな日々が過ごせますようにと願っています。

— posted by holy at 04:20 am   pingTrackBack [0]

 

リオオリンピックを無事に終わらせてください『祈り』

リオでのオリンピックが、色々なトラブルが発生しながらもいくつかの種目で競技が行われています。

環境が不十分であっても、自分の競技に支障が無ければ良いという独特の考え方で、事なかれ主義が世界中で蔓延しているのだということを思い知らされています。

頑張る人を応援したいという気持ちが無いわけではないけれども、複雑ですね。 このうえは、とにかく、競技に参加する方も、応援する方も皆が無事に還って来てくれることを祈ります。 さらに一つだけ加えるなら、世界の選手たちと一人でも良いので、仲良くなって帰って来て欲しいと願っています。

— posted by holy at 04:07 am   pingTrackBack [0]

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