魂と向き合う日々の中で思うこと

日本では、お盆の時期、この世を先に生き、そして他界された命達を迎えてお供えをしたり、お花を活けて上げたり、お墓参りをしたりという習慣があります。

7月、8月の時期になれば、肉眼では見えないが、霊眼に映る町をさまよう霊魂の姿を視ることがあります。 仏教と深いつながりを持って生きてきた日本人にとって、霊界へ還られてからも一年に一度だけは、この世に還って来ても良いということを魂に教え込まれているから、やはり、この世に還って来るのです。 しかし、現代の人の中には、お盆という習慣を全然教えられずに大人になった人たちが、多くなってきています。

そして、先に亡くなられた人たちの霊が帰ってきても、その霊魂を迎えてあげる人がいなく、故に彷徨ってしまうということが起きているのです。

50年くらい前までは、家族も大勢で賑やかでしたが、現代は、家系を繋げていく人がいなくなっているということが多く発生しています。

家族関係が薄らぎ、相続問題が起きたときくらいしか逢う機会がなくなっている人たちにとっては、先祖供養も自分には関係が無い、それは長男がやることでしょう?というような状況です。

本当は、家族が全員で集い、仲良く先祖の事などを話している風景を、ご先祖たちは喜びます。 また亡くなられた人たちは、この世に還って来た時に、色とりどりの花のある風景を見つけるのがとても嬉しいのです。

だから、お盆は、お花や御供物をお供えしてご先祖をお迎えするのです。

都会では、開発のために、都会のど真ん中にあったお寺やお墓を強制的に移転させ、お骨も掘り起こして移転させた後に大きなビルが建ったりして町ができたところが何か所もあったりします。

ところが、人の魂や霊魂ということをあまり深く考えもせずに、行政が形式だけの供養で、お墓やお寺を移転したためにもともと祀られていた場所からうまく立ち退きをできなかった霊魂たちが、その場所から離れられないまま、何百年もの長い間、彷徨い続けているという現象が、起きている地域があります。

古い昔の出来事で、まさか自分たちが家を建てて暮らしている場所にお墓があったとか、お寺があったとか想像もしない人々は、まさか霊魂が彷徨っているなど夢にも思わないことでしょう。 お寺が移転する時は、もちろんお坊さんたちも一緒に移転します。 お坊さんが付いているのだから、しっかり霊さんたちも連れていってくれるものと一般には考えてしまうものです。

本当にそれができていれば、何も問題は発生しないのですが、それが、とても大変な事で、現代を生きている人間と同じように、移転反対とか、私は死んでもこの場所から立ち退くなんてしないというような霊もいるのです。

死んでもなお、この世の出来事が続いていると信じている霊にとっては、まだ本当に死んでいないのです。

いえ、肉体は死んでいるのですが、霊魂は、決して死なないのですから、時代が過ぎ去っていることに気づかないまま、数百年もの長い時間を自分の想いの中で生きているのです。

しかし、時々、自分が住んでいる筈の上に何か得体の知れないばかでかいものが乗っかっているぞ、いや、誰だかわからないが、知らないやつらが、ここに無断で住んでいるぞ、おかしい!ここは俺の家だぞ!と思い始めたときに、霊が、この世のものに関わり始めるのです。 その様な場所が、現実に存在します。 その様な場所だとは知らずに、土地を買い、住んでしまった人々にとっては、日常的に辛いことに巻き込まれたり、人生を翻弄されてしまうようなことに頻繁に遭遇してしまうことになってしまったりします。

人生を棒に振るとは、まさにこのような事でしょう。

とにかく何をしても、思うように進まない、いつもどこか具合が悪いなどということが続いたりします。 時には、霊が、兄弟のだれかに憑依して、片方の兄弟に手をかけたりするようなことが起きたりもします。

最近は、霊的な憑依と思えるような事件が続いています。

自分がその様な霊に憑依されないようにするには、まずは、不満で心を曇らせないことですが、不満はいつでもついて回るものです。

どの様な時でも、日々を過ごせるのは、やはりまず命があるということ、多少病気がちでも呼吸できているということ、食事ができるということ、体を動かせるということ、水が飲めるということ、太陽を浴びることができるということ、その様な日々の生活に感謝する心を持っていることが大事なのです。

感謝することができる人は、たとえ、憑依する霊もその人の生きざまを視て、こころを洗われ、少しづつでも魂を浄化させていくのです。

お盆を単なる習慣としてではなく、感謝、布施の実践の時間として捉えて、自他共に平和に過ごす時間を共有する時と位置付ければ、生きている者も、霊たちも和む空間が生み出されて、彷徨うものたちに光を届けることができるのです。

それは我が家だけの事ではなく、すべてのものと共有する愛の実践の空間であり、その空間に存在する諸仏たちとの繋がりをより深くし、救済する瞬間を造り出していきます。

一年にたった4日間ですが、お盆を、万物に光を注げる魂として、自分を収斂する一歩にできればと願っています。

宇宙の万物の霊長たる人類が、すべてのいのちを育み、仲良く、信頼しあい、互いにこころ豊かな日々が過ごせますようにと願っています。

— posted by holy at 04:20 am   pingTrackBack [0]

 

リオオリンピックを無事に終わらせてください『祈り』

リオでのオリンピックが、色々なトラブルが発生しながらもいくつかの種目で競技が行われています。

環境が不十分であっても、自分の競技に支障が無ければ良いという独特の考え方で、事なかれ主義が世界中で蔓延しているのだということを思い知らされています。

頑張る人を応援したいという気持ちが無いわけではないけれども、複雑ですね。 このうえは、とにかく、競技に参加する方も、応援する方も皆が無事に還って来てくれることを祈ります。 さらに一つだけ加えるなら、世界の選手たちと一人でも良いので、仲良くなって帰って来て欲しいと願っています。

— posted by holy at 04:07 am   pingTrackBack [0]

リオ・オリンピックを救おう!

日本で悪ふざけのような都知事選挙の立候補者選出騒動をマスメディアが報道している中で、参議院選挙の焦点ごまかしが続き、10日までにどの候補がどのような主張をしているかさえ判らないままで選挙日が近づいています。

時事判断力が欠落した自己主張だけをしている状況をだれもが許し、お祭り騒ぎでもしている気分の日本。

その様な中で、1カ月後にオリンピックを控えたリオでは、環境汚染、海水汚染の問題が解決されずに焦りと苦悩を世界中に訴えているのにもかかわらず、オリンピック委員会でさえも、リオの苦悩を無視して、オリンピック、オリンピックと大騒ぎをしているだけの無関心ぶりには、人類としての絆も、情愛の一滴(ひとしずく)さえも感じられません。 サンパウロ市長の悲痛な訴えに今注目しないで、海水汚染で地球上にある抗生物質が対応できない耐性菌で、優秀な選手たちの命を失うようなことが起きてからでは、遅すぎるのです。 それとも、動じないで良いような何か対応策をIOCは、持っているのでしょうか? オリンピックは何のためにやっているのでしょうか?

躍動する力を競うためだけではなかった筈と思うのです。

命の危険を冒しながら何を求めてオリンピックを開催しなければならないと躍起になっているのでしょうか。 この際、人類は、愛を持って今開催国であるリオの苦悩に目を向けるべきではないでしょうか。

地球上で人類の生命の危機を必死に訴えているリオの海水汚染を参加国みんなの力を結集して解決してから、日程を決め直してから、リオ開催を実行していこうという人類の愛と叡智が作動しても良いのではないでしょうか。

私は、声を大にしてその事を世界中に提案します。

リオオリンピック開催の前に、リオの環境汚染を参加国のボランティアで救おう!!

開催国の責任だけではありません。

オリンピックは、みんなで参加し、成功させることを今後のオリンピックの大きな意義の一つに加えて欲しいと訴えます。

オリンピックは、人類の祭典だったはずです。

開催国を援助して、みんなでリオオリンピックを成功させましょう!

オリンピックに参加する選手たちには、次の事を良く考えて欲しいのです。

己が力を誇示するために、記録を更新するために、この時を逃したらと考える前に、それを支えてくれる人たちの苦悩に目を向けないでいる自分。

それは正義でしょうか?

— posted by holy at 08:51 am   pingTrackBack [0]

熊本、天草地方の御魂たちへの祈り

7月17日は丹波哲郎先生のお誕生日です。

亡くなられてから、9月24日で丸10年が経ちますが、私たちの記憶の中には、今でもしっかりと生きていらっしゃいます。

最近は、さすがに以前ほどには、霊界通信が来なくなりましたが、4月9日に、『美輪明宏さんに会ってきなさい』という通信が入り、えっと思っていたら、まだお会いできないうちに、熊本でとんでもない大地震が発生してしまい、どうしたものかと戸惑っていたら、間もなく丹波先生から、通信がありました。

丹波先生からの通信は、私としてはここで公開して良いものやら、ためらうところもあるのですが、天草地方でもかなりな被害があり、このようなとんでもない出来事が、未来に起きるのを避けるためにも美輪さんに大きな仕事をしてから還るようにということでした。

大きな仕事と言えば、彼には判ると。

私は、残念ながら、美輪さんとそう気安く会えるほどの間柄ではないので、心で、丹波先生からのメッセージが、直接、美輪さんに伝わるように念じてみることしかできないと思う。

熊本の人たちや、天草地方の人たちが過去から未来に向かって、天地の恩恵を受けて、力強く復興していくことを心から祈っています。

そして、天草で虚しく亡くなられて逝った人たちのみたまが未来永劫、再び、悲しい出来事に遭遇しないようにと、心から祈願します。

天上から、丹波哲郎先生も、そのような念を届けています。

御魂よ、古くからそちらにいる御魂たちよ、速く還っておいでと。

— posted by holy at 01:21 am   pingTrackBack [0]

霊界から飛び出してくる存在たち

地上界の人間が余りにも堕落してしまうと、霊界の中でも、底辺の意識レベルの存在たちがこの世の波長に同調しやすくなり、幽界からこの地上界に生まれ出てくるのが速くなっています。

本来あるべき理想とする状態は、人がこの世に誕生した目的を果たし、肉体を脱ぎ捨てたのちには、天上界の魂たちの元へ還り、更に学び、あらたな役目をもって、この世に再び誕生できることです。 他の命の役に立つべき使命を持って誕生することが望ましいのですが、最近、利己的な考えに固執したり、権力や金権などに溺れた者たちが、地上界にあふれ出て参りました。

大変嘆かわしいことです。

日本に於いては、日本の首都である東京都のトップリーダーであるはずの都知事が、公私混同も甚だしい金銭感覚を世界中に披露し、国民としては非常に恥ずかしい思いをしている。

しかし、当の本人は、専門的知識の人に、事の善し悪しを判断してもらうなどという言葉を国民に向かって何の躊躇も無く繰り返しているが、このことを、しっかり判断してみると、国民は、アホだから、君たちには、何が良くて、何が悪いか判らないだろう、だから君たちには、善悪を理解できるように、元検察官で、今は弁護士をしている専門家に判断してもらってから、説明します。といっているのだということ。

彼の公私混同は、専門家でなくても、分かる範囲の事であり、間違っていると指摘されたことに関しては、返金しますと話していることについては、例えばデパートで試食品のコーナーで御寿司を食べていてあまりにもおいしかったので、隣の販売用のすしを一杯並べてあったところのものも食べてみました。

これは、食べてはいけなかったのですか、ああそうですか、それでは、その分だけは、デパートから寄付して頂いたお金でお支払いをしておきましょう、ああこの大トロ寿司も、食べてはいけなかったのですか、そうですか。

まるで、始めてお金というものを持たされて好きに使っていたら遣いすぎだと、軽く注意を受けているような感じをアピールしているが、おいおい、そんな感覚のものに、この大東京のトップリーダーを任せてしまっていたのかと、国民は、あっけにとられているのだが。

彼は、弁護士の資格を持っているのだから、法律を知らないわけではない。

その彼が、あえて犯している罪は何か、良く考えてみるべきである。

法律として六法全書に書いていないことなら、他人のものでも貰っときましたがいけなかったでしょうかと、見つからなければ違反ではない、あるいは、捕まらなければ違反ではない、駄目だと言われれば、お金を払えばいいでしょう、といった具合に物事を処理する人格だったようだ。

政治資金というものは、何に使っても良いというものではない。

私も秘書時代に、代議士たちのお金の使い方は、多少みてきたが、彼ほど酷い使い方をしているのは無かったと思う。

自宅を使って、事務所経費を節約しようという人はいたが、自分の家を遣いながら、自分の家に家賃を払いましたなどというつまらない人は、およそ政治家には向いていない。

倫理感や道徳といった感性を学ばないうちに、六法全書を手にしてはいけない。

人間としての基本的な感情を理解しないものに、憲法を語らせてはいけない。

この世で人が人として、人間として、愛を持って人に接し、人々の暮らしを良くするためにという志を持った者のみが、政治家としての役目を負うものであり、私利私欲に走る可能性のあるものは、自らをそのような立場に置かないように気を付けるべきである。

それは、人間として最大の謙虚さであると思う。

理知的な顔をしていても、心が成長していない人は、自己保全ばかりに心を砕くのである。

漫才がおもしろくても、政治家になれるとは限らない。

人は、適材適所、あるべきところに身を置くことが最も幸せである。

漫談家は、漫才師に、踊り子は、演舞場の舞台に、研究者は、研究室に。

それぞれの得意分野を更に磨き、その頭脳を知識を人類に貢献できるところで花を咲かせれば良いのである。

無理することは無い。

舛添さん、あなたがやっていることは、法律を知らなくても、そんなことはしないねえと、一般の人は言います。

諦めなさい、自分の無知を素直に認めなさい。

知識を駆使して、良い思いをしたと思っていたでしょうが、悪を働いたということに間違いは無いのですよ。

そろそろ夢から目を覚ましてくださいよ。

そして、もう少し、長生きしてしっかりこの世の道徳を学んでから、あの世に還ってください。

天上界を穢さない魂になってから、還ってください。

天上界の美しい花は、私たち一人ひとりの美しいオーラの輝く海からしか、花開きません。

そしてそのエネルギーこそが、この地上界に、新しい命を充たすのです。

— posted by holy at 03:26 am   pingTrackBack [0]

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